書くことは娯楽

内省持ち。何時も何か考えてます。会話でなく対話が好き、何時も誰かと対話していたい。内省と対話の結果、自分の中で出来た何かを言語化して残します。プロサラリーマン、プロ営業。バイクとビール好き。

此処に住むのもありかもな

この間、出張先のある街で地下鉄を降りて、構内のローカルな広告を見たときに、「此処に住むのもありかもな」とふと思った。思った瞬間、そう思った自分に驚いた。今迄の自分なら絶対にそうは思わない。でもふと思ったという事は、前後に何もなく、本心でそう思ったという事。

以前ついていた職で、地元の大阪ではない日本でも有数の都市に住んでいたけど、嫌で嫌でしょうがなかった。地元の大阪が最高という訳ではなく、慣れない場所や慣れない言葉のアクセントに触れるのがとにかくストレスだった。まだ旅行や出張のような一時的なものならいいけれど、住み続けるという事で、馴染みのない場所や言葉に対するストレスが途切れない。1年以上住み続けても常にそれはストレスとして残り続けた。結果、それだけが原因では無いけれど、その時の職を辞める理由の一つにもなった。ただそれはその街だったからではなく、他の街でも同じ結果になっていた。仮にその街が憧れ続けている東京だったとしても、同じように耐えられなかったと思う。

 

環境や周囲の変化に弱い。人間、基本的に安定を望み、変化を嫌うのが普通だとは思うけど、他人と比べても自分は特に嫌う。とても弱い。それが自分の個性でありしょうがないのだけれど、変化に弱いという個性は、他の弱みと言われるような個性と比べても、かなり損な個性だと思う。今みたいに変化の激しい世の中だと、余計に際立つ。そんな弱みを個性として持っているとずっと自覚してきたので、今回「ここに住むのもありかもな」と思ったことは驚きだった。

 

昔は心がガリガリで痩せていたような感じというか。繊細という訳でもないけど、なんにでも過敏に反応しすぎるきらいがあったし、反応から出すものも刺々しかった。風が吹いたような変化でも、ストレスとして痛みを感じることが多かった。でも何時の間にか、心が太って、風が吹いた程度では何も響かなくなったのかも。

変化に弱い自分がコンプレックスではあったけど、ようやく少しは変われたのかもしれない。実際に移り住んだら やっぱり・・・ だってあり得る。でも、ふと「此処に住むのもありかもな」と思えたのは、変化を楽しめる余裕を感じられるぐらい、心が太ってくれたということの証明のような気がする。

 

もっともっと心を太らせて、もっともっともっと変化に強い自分になりたい。