書くことは娯楽

内省持ち。何時も何か考えてます。会話でなく対話が好き、何時も誰かと対話していたい。内省と対話の結果、自分の中で出来た何かを言語化して残します。プロサラリーマン、プロ営業。バイクとビール好き。

最新型の自分を知らない

たまに自分で自分の感覚が、微妙にズレてると感じる時がある。何かをして、その結果の受け止め方が、自分の期待や想像から少しだけズレてると思う時がある。想像ほど嬉しくなかったり、思ってるほど悲しくなかったり。大きく外れるということはないんだけど、そのちょっとしたズレが気になる。

でも後でちゃんと振り返ったら、そう感じる理由がわかる。むしろ最初の期待や想像の方がおかしいと思えるほど、納得出来る時もある。「なんで思ったより面白くなかったんだろう」って振り返って、「あ、俺はもうこれに関して、あの経験とあの経験を重ねたので、そんなに面白いと思わなくなってたわ・・・」って感じで。文章にしてみると馬鹿みたいだけど、実際こんな感じで、実体験で初めて自分の感覚の変化を思い知らされる時がある。

意識できている、知っている自分は、ちょっと古い。毎日、嬉しい事、悲しい事関わらず、色んな刺激や、意外な出来事から日々影響を受けていて、それによって微妙に自分の感覚が変わっていってる。そんな日々の感覚の変化の積み重ねで、大きく価値観が変わったり、生き方のヒントや、自分の目指す道が閃いたりする。そんなわかりやすい変化なら意識出来るけど、日々何かでちょっとずつ変わっていってるのは、特別に意識しないと気が付かないし、無視もしがち。自分のことだから自分を知ってると思ってるけど、思っているほどそうでもない。最新型の自分を知らない。という事は、頭の中に入れておきたい。

なので、ズレが嫌なら定期的に自分をしっかり観察してやるしかない。自分の事なんだから知ってる筈と油断せず、棚卸をするよう自分で自分を観察し、今の自分を知るしかない。

思えば人のことは理解しようとちゃんと観察するのに、自分のことを観察しようなんて考えなかった。でもそういう目で見てみないと、今の自分をちゃんと理解できるとは思えない。

そもそも、今の自分の感覚や意識をちゃんと理解していない、今の自分を知らないなんて、結構雑に生きている証拠じゃないのかと。反省しないと。