書くことは娯楽

内省持ち。何時も何か考えてます。会話でなく対話が好き、何時も誰かと対話していたい。内省と対話の結果、自分の中で出来た何かを言語化して残します。プロサラリーマン、プロ営業。バイクとビール好き。

見守ることって

見守るって、ただ単に口出しも手出しも、何もしない事だと思っていたし、簡単な事だと思っていた。でも、本当に見守る事しか出来ない状況になって、それはそんなに簡単な事なんかじゃないと知った。

見守るという言葉が出るのは、大事な人やことだからであり、そうでなければスルーすればいいし、無かった事、なんなら無視すればいい。そうは出来ない相手やことだから、見守るという言葉が出る。当然、あれやこれやと、口や手を出したくなる。そうする事を正当化したくもなる。でも口を挟めないし、手を出せないし、一緒に戦えない。それらの葛藤と格闘しながら、見ている状態を守り続ける。そして、見守っている本人や他人には、涼しい顔をしないといけない。見て守っているのだから、感情を表に出せない。こちらも自分を抑えるために戦っているけど、それすら外に洩らせない。見守る方が、辛く苦しいのかもと一瞬思うも、やっぱりそれは戦ってる本人が一番大変だろう。別次元ながらも、こちらも同時に戦っていると思えるのが、見守る事の一つの価値かもしれない。

 

見守ることって、受け身や受動的な事ではない。極めて能動的。結果としてそうなっていたじゃなくて、努めてそうしなければならない。見守るという事が、こんなに厳しく辛く大変なことだとは知らなかった。見守ることは、それなりの忍耐と覚悟とパワーがいる。それを承知の上、受け入れた上で見守り続けたい。

 

頑張ってくれ。