書くことは娯楽

内省持ち。何時も何か考えてます。会話でなく対話が好き、何時も誰かと対話していたい。内省と対話の結果、自分の中で出来た何かを言語化して残します。プロサラリーマン、プロ営業。バイクとビール好き。

言葉「だけ」を借りる

お店の中とか、電車とか、大通りを歩いている時に、意識せず周りの話声を拾ってしまってる。殆どは何を言っているかわからない状態で、音として流れて行くし、コッチだって聞き耳立てて中身を知ろうともしていない。そんな中、此方が会話に入っていない、他人同士の何かの話題に出て来た言葉を拾う時がある。

他人同士、どういう意味が込められた言葉なのかわからないし、大した意味もないかもしれない。でもそんなこと関係無く、ただその言葉「だけ」をお借りしている。その借りた言葉が、頭の中で、ずっと悶々としていた事に対しての上手い説明の言葉になったり、何か次の展開に繋がる接続詞になったりして、先に進む、思わぬきっかけになる時がある。

 

言葉が面白いのは、その言葉を放った本人や、言われた相手、シチュエーションによって中身の意味が変わること。言葉自体のそれは器でしかなく、誰かが自分以外の誰かに伝えた言葉は、意味を考えずに、言葉そのもの、器として受け止める事が出来る。その器が自分の発想では出てこない器の時、その器を拝借して、自分なりの意味を込めさせてもらうことがある。

カラの器の言葉を拾い、その器に自分の意を込めて固める。そうやって器に入った言葉を自分の中に入れ、血肉とし、同じ言葉か違う言葉かわからないけど、いつかまた意志を伝えたい誰かに投げていく。誰かから言葉「だけ」を借りた事で、また何かが先に進む。

 

会話でも文章でも、直接関係のない誰かが、俺の発した言葉を、同じように器として拾ってくれることもあるかもしれない。そんな事があればちょっと嬉しい。