書くことは娯楽

内省持ち。何時も何か考えてます。会話でなく対話が好き、何時も誰かと対話していたい。内省と対話の結果、自分の中で出来た何かを言語化して残します。プロサラリーマン、プロ営業。バイクとビール好き。

流される自分を意識する

昔から好きなジャーナリストの方がいた。やがてTVに出るようになり、そのうち政治家になった。著書やネットでの発信、マスコミから流れてくる情報でも、何も変わってないし、変わらず好きでし支持もさせてもらってきた。ただその人とのその向き合い方に、ちょっと注意しないといけないと思うようなことがあった。

たまたま自分が好きな分野、趣味で独学でコツコツ知識を貯めていた分野で、割と的外れな事を仰っているのをネットで見た。それもかなり断定的に。知らない人はすんなり受け入れて、そうなのかと流されるんじゃないかと思う。その分野はちゃんと学問としてもあるし、間違うと世に与える影響も大きい。政治家故に、迂闊な発言が変に力をもったり、誰かに影響を与えたら厄介かもと思う。本当に影響を与えるような流れになったら、政治家の中でもそちらに明かるい方が止めたりなんなりするんだろうけど、その人をずっと信じていたから、ちょっと残念だった。

例え好きな人であれ、根拠なく信用しすぎるのは危ない。好きになった対象や、どういう過程で好きになるかによっても違うんだろうけど、人は好きな人に対して、根拠もなく、色んなことを預けすぎるのかなと思う。理屈ではなく、あの人が言うならそうなんだろうと、そのまま流される。そして流されてる事に気が付かず、ゆるく流され続け、そういった集団が知らずに世間に影響を与えてる。その中には、気が付いてないだけで、自分にとって大事な事があるかもしれない。

何でもかんでも疑え、自分で調べろとは思わないし、現実問題それは無理な事。自分も、この政治家の方に限らず、ある程度は好きな人の意見に流され続けると思う。でも自分は流されてもいると意識しておく事が、何か違和感があった時に、戻って自分で考えるきっかけになる筈。

ジャーナリスト上がりの政治家を好きな事は変わらない。これからも支持するし、尊敬もする。でも同時に盲目的に信じすぎていたなと、知らずに流されてもいた。

ちょっと引いてみていこうと思う。