書くことは娯楽

内省持ち。何時も何か考えてます。会話でなく対話が好き、何時も誰かと対話していたい。内省と対話の結果、自分の中で出来た何かを言語化して残します。プロサラリーマン、プロ営業。バイクとビール好き。

友人との会い方

知り合いと友人は違う。知り合いだと、知り合って数年ほったらかしでも、再開したら「ああ、何々さん~」になるけど、友人はそういう訳にはいかない。友人とは、適度な感覚で会わないといけない。会わないといけないと書いたけど、会うと楽しいし、会いたいから会う。直接会えずとも、SNSも含めて間接的にでも、なんなら自分の頭の中でその人の事を思い浮かべ、その友人と交流して刺激を受ける。そういうのも含めて、友人とは一定の間隔で会わないと、付き合わないといけない。
個々の友人で個性も違うので、どれだけ、どのタイミングでその友人と会うかも、友人毎によって違う。強烈な個性でガンガン刺激をくれるような人は、1年に一回ぐらいの触れ合いでいいかもしれないけど、いい意味で互いに似通っていて、共感で心が和むような友人なら、月1位でご飯を食べてもいい。そして、付き合いの長さで変化もする。昔はしょっちゅう会う位だったけど、今は半年に一回ぐらいが丁度いいような。

友人と付き合う心の余裕、心のリソースは有限。会う回数とタイミングは、自分のリソースに大きく影響される。多すぎても、心のリソースが足らなくなる。無理やりだと、中途半端な付き合いになってしまう。なので、むやみやたらに友人を増やし過ぎても意味が無い。たまに友人数を自慢する人がいるけど、「どうやって上手くやっている?」と聞いても「どうもこうも、仲良くするだけ」みたいな。向こうも困惑したような、なんでそんなこと聞くんだみたいな答えしか返ってこないから、参考にならない。
リソースは有限なので、友人の入れ替えみたいなのもある。キャパ一杯でも、この人は面白そう、自分の人生を豊かにしてくれそうと思う人が来れば、その入れ替えで疎遠になる人もいる。友人から知人になればいいけど、そんな感じになってしまったら、大抵フェードアウトしていく。我ながら酷い。とはいえ、友人側から疎遠にされてしまうこともあるので、それはもうお互い様。

友人って、出来事ベースで付き合う訳じゃなく、会う訳でもない。何もなくても、その友人にあったサイクルで会って、付き合いたい。その間隔が数年単位になるかもしれないけど、それでも友人と呼べる人は友人。友人に声を掛ける理由も考えはするけど、別に何でもいい。形だけ何かの理由があればいいだけで、「なんだそれ?」と笑われるようないい訳でもいい。会うのに、本当の意味で理由なんていらない。なんで会うのか、理由を求めてしまう人は、もう友人じゃないとも思う。

 

今日も昼も夜も、友人に囲まれて幸せでした。

いてくれる友人に、心から感謝します。