書くことは娯楽

内省持ち。何時も何か考えてます。会話でなく対話が好き、何時も誰かと対話していたい。内省と対話の結果、自分の中で出来た何かを言語化して残します。プロサラリーマン、プロ営業。バイクとビール好き。

有名店とフランチャイズ系

香川に仕事で行って、せっかく香川に来たんだからという事で、うどんを食べに行った。地元で有名なお店を調べてそこに行った。店員さんの対応も素晴らしく、掛け値なしに美味しかった。

でも正直、もっと違うものを想像していた。そしてもっとストレートに言うと、このうどんと、同じうどんを食べた事があるのを思い出した。丸〇製麺のうどんと同じ味だった。いりこと鰹の出汁も、麺のコシも同じだった。ように思う。麺はちょっと丸〇製麺より細く、角も丸かった位。でもそれは何処か違う所を意識して探して、そこぐらいかなという程度。味音痴だからかもしれないけど、自分に取っては殆ど同じだった。

 

丸〇製麺に行けば、香川の有名なうどん屋とほぼ同じ味のうどんを、ほぼ全国、何時でも何処でも同じ価格で食べる事が出来る。何百店ものお店で、職人ではない、何千人もの社員やバイトが、朝から晩まで、同じクオリティのうどんを提供してくれる。香川に行くには、車で3時間かかるし、開店閉店時間も短い。休業日だってある。対して丸〇製麺は車で10分走ったらお店があるし、年中無休。何時でも食べさせてくれる。これはやっぱり凄い。

 

香川の有名店は、丸〇製麺というこの大資本相手に、ほぼ同じ味のうどんをたった一店で提供し、それで商売も出来ている。丸〇製麺の全国に繋がってるPOSシステムを見るたびに、全国の何百店で、同じ時間、何千人もの人が、同じうどんをすすってるのを思い起こさせられるけど、香川の有名店は、お店の中にいる10人程度しか、その美味しいうどんを同時に味わえない。美味しいうどんに相応しい特別感があるし、有名店に行く行為そのものがイベントとして、テンションを上げてくれる。何処にでもある丸〇製麺に行くのにテンションは上がらない。うどんを食べるという行為が、うどんの味の評価に影響を与えるとするなら、うどん自体の味は同じとは言え、やっぱり「うどんの味」は違う。

 

食べ終わってからそんな事をぼーっと考えてた。

有名店も外食産業のフランチャイズ系も、どっちを褒めたたえ、どちらを貶すのではなく、どっちも凄いと今更ながら思えた。丸〇製麺だけじゃなくて、吉〇家もマク〇ナルドもハッキリ言って美味しいと思ってるし、その道の有名店比べても、今回のように同じ感じを持つんじゃないのかなと思う。

有名店のうどんを食べに行って、大きな声で言えないそういう気持ちに、ちょっとだけ自信を付けさせてもくれたし、同時に行為、イベントとして見た場合、やっぱり遠くの有名店に、足を延ばすだけの価値もあると信じる事が出来た。

 

「お前が味音痴だからわからないだけ」っていう批判も受け入れますけどね。