書くことは娯楽

内省持ち。何時も何か考えてます。会話でなく対話が好き、何時も誰かと対話していたい。内省と対話の結果、自分の中で出来た何かを言語化して残します。プロサラリーマン、プロ営業。バイクとビール好き。

私的営業職考

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営業って実力の要素が4割位で、後の6割が運というか、流れや勢いも含め、そういう自分ではどうしようもない奴が占めてる。

 

このどうしようもない奴がデカい。

 

実力だけでもコンスタントに会社からの目標数値を淡々とこなす事は出来るけど、他と比べて頭抜ける時はその残りの6割が絶対必要。

そのどうしようもないやつが、自分の所にタイミング良く巡って来るかどうかなんて、神様の適当な気分に任せるしかない。

 

なので営業を知らない人から見たら、こんなヤクザな仕事は無いと思うし、そのどうしようもないのを呼び寄せるために、普段の仕事にムラがあったり、間接部門への多少の無茶な要求とかはちょっと大目に見て欲しい。あとほんの少しのサボりも勿論大目に見て欲しい、車で寝てるおっさんを見て見ぬ振りあげて欲しい、あれも仕事。

 

そのかわり営業は、そのどうしようもないのが回ってきたときに、ちゃんと「回ってきた!」と感じるセンスが無いとダメだし、ここが勝負の時と、死ぬ程努力してそれをちゃんと掴む気概が必要。

 

一言で言うと勝負師的なとこが多少でも無いとダメなんだと思う。

そして勝負師なんだから、やる時にはやって勝たないといけない、目を三角にして、どんな手段でも使ってでも勝たないと。

 

そこまでやる価値があるかどうか、こればっかりは人によって違うんだろうけど、こういう所も踏まえて楽しめる人じゃないと、しんどいとは思う。

 

やっててこんなにヒリヒリする職種も無いと思うし、生きてる感が凄い。

営業って人一倍疲れるけど、それに見合うだけの体験は出来ると信じてる。

本屋

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東京に行くと必ず寄る本屋があって、本当に一度も欠かさず必ず寄ってる。

ここ数年欠かしたことがない、東京に行けば必ず行く。

 

店は対して大きくないし、なんならもう都心部ではほぼ絶滅した一般的な書店のサイズで、逆にその大きさが今では新鮮な位の店。

それでも人通りはかなり多い所にあるので、お客さんも多いんだとは思う。

何時行っても人が多いのは嬉しい。

 

その店が好きな訳は、センスが良い事。

 

話題の本を置く平台(本の表紙を上に見える様、積み上げてる棚)のセンスが良い。

話題の本なんてそれなりにあるのに、そのチョイスが良い。

この本屋の平台にある本は全部読みたくなる。

 

面陳(書棚に表紙が見えるよう刺してある棚)のセンスが良い。

そんなにスペースの無い本屋の面陳なんて、本当は沢山の種類並べたいはず、でもお勧めを3列4列で並べる。

その心意気がいい。

 

この本屋からは、本が好きって事が伝わってくる。

こういう本読んでみたらどうですか?って提案が伝わってくる。

この店のレコメンドなら読んでみようと思える。

 

東京に行く時って、少々の荷物を持って行く。

出来たら重たい本とか持って帰りたくない。

 

でもこの本屋は必ず行くし、必ず行くから、必ず最低1冊は買って帰る。

毎回カバンが重くなるけど、その重さ分ワクワクできるので、感謝してる。

 

何時も自分への最高の東京土産を、この本屋が与えてくれる。

 

本当にありがとう。

ルール

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この間乗った新幹線、満員の中、通路挟んで隣の席で、パソコン叩きながら大声で取引先と話してるおねえさんがいたんです。

 

うるさいとかは一先ず置いといて、「電車の中では通話はやめましょう」と言う、誰もが知ってるルールを守る意志がないという事を、大変わかりやすく、無遠慮に、存分に見せつけてくれました。

 

まあ、この手の人って、新幹線乗ってたらたま~にいますので、そんなに驚きもしなかったけど。

 

ルールを守らないという事は周りに配慮しないという事。

周りに配慮しないという事は、周りを認めて無いという事。

周りを認めていないという事は、その場で何しても良いと無意識に思っているという事。

 

無意識だから逆に質が悪い。

その行為が此方に対して迷惑を掛けるか掛けないかなんて考える発想すらない。

悪意無く、此方が何らかの被害を受ける可能性がある相手が近くにいる。

 

不愉快極まりないわけですよ。

 

別に、深夜誰もいない、車も1台も走ってない交差点で赤信号を待てとは言わないし、誰も乗っていないエスカレーターでも歩かず立って乗れ!と物申せるほどえらい人間じゃない。

 

でも回りがいる中で、ルールを堂々と破るという事はちょっと訳が違うだろと。

 

緊急事態やどうしようも無い時は別だけど、だったらだったで、ポーズでもいいから小声にするとか、申し訳なさそうにするとかして欲しい。

 

皆が見ている前でルールを守るという事は、他者を尊重してる事のアピール。

私はあなたたちと協調していますよ、何かあれば助け合いますよと言う意思表示をしているという事、その証明をしているという事。

 

みんながみんなで、優しい世界にする為にも、そういう事にちょっとは気を使いなさいよと言う事。

 

という訳で、そのおねえさんには「てめえの話声が不愉快なのでは無くて、周りの人間を認めていない事が不愉快なんだよ、このあほんだら。」って事を言いたかったです。

 

言えないチキンだけど。

命と時間

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がんに代表される不治の病が進行してて、それをカミングアウトした時のなんとなく流れる「ああもう長くないんだろうけど、頑張ってね」的な空気があんまり好きではない。悪意の無い、下手したら無意識な、上から目線的な感じが好きではない。自分達と不治の病にかかった人達をぐるっと線で丸を引いて、囲って分けたような感じが好きではない。

 

不治の病に掛かっていようがいまいが、誰だって1時間後に交通事故にあうかもしれないし、5分後に心筋梗塞で倒れるかもしれない。病をカミングアウトした人より、憐れんでるその人の方が先に天に召されるかもしれない。そして病に掛かってる人だって、仮に余命1年と宣告されても、1年間は「絶対死なない」と約束されてるわけでも無い。

 

結局命の時間なんて死ぬ直前まで誰にもわからない。だから病に掛かっていようがいまいが、同じ命の時間の世界で生きているはず。

 

但し違うとすれば、想像でしかないけど、不治の病とされるものに掛かったら、毎日の充実を追い求める密度が俺らとは段違いで変わるんじゃないだろうかという事。それって1時間1分1秒の重みが変わるという事。

 

俺らは何処かで絶対安全と思ってるけど、そうではなく同じ命の時間に生きているのなら、そういった病に侵された人が見ている世界を同じ目線で見ることが出来ると思いたい。その時間の重みと密度を、100分の1でもいいから横で見させてもらって、そこから何か得ること。何かを学ぶならそこだろうと思う。

 

今この瞬間生きてる人にとって、生き死には全員に平等。

一利一害

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20以上の色々な資質の中で、どれが自分の強みなのか順位付けするテストがあり、それによると私の一番優れてる資質は「忍耐力」との事。昨年同じテストをやっても同じ1位だったので揺るぎようがない、全然ぶれない、ド確定。そんな強い資質であるので、自分でもその傾向があるのは認識してるし、1位も納得も出来る。

 

忍び、耐える、力と書いて、忍耐力。

 

忍耐力あるなんていいじゃないって、人は言うかもしれないけど、なまじ合ってない事や辛い事でも、大抵投げずに最後までやり切る羽目になってしまう。根性というまた変な資質がそれを支え、デスマーチでもやり続けてしまう。掛けた努力の割に報われるリターンが少ない、費用対効果が悪いのにもやり切ってしまう。仕事のキャリアで、2回もメンタルやるまで続けたのは多分この資質が強いから。

 

止め時、諦め時がわからない。

 

粘り強いというのは耳障りのいい言葉で、往生際が悪いともいえるんじゃなかろうか。自分としては合わない、出来ない、楽しくないと思ったら、パパっと次に移りたい。切り替えが早いという耳障りのいい言葉で、飽きっぽいと言われてもいいから、忍耐力の無い状態に憧れる。

 

今の世の中、一つの事に執着するより次から次に新しい事を試すサイクルを早く回せと言われてるし、自分でもそう思う。でもそうすることが出来なくて、つまんない本ですら、投げだせず最後まで読んでしまうぐらい耐えてしまう。そんな自覚をしてる時に「忍耐力」が1位と言われると凄く複雑に感じてしまう。

 

好奇心が足らない事と、変化を嫌う怠け者の気があるのかもしれないな~。

 

自分でそう感じていても、こればかりは生まれ持って、長年育ててきた資質なんですぐ変えるのは難しい。ただ意識し続けていたらそのうち少しづつ変わるはずで、それを信じたい。

 

後ろ向きな事ばかり書いてきたけど、忍耐力があって良かった事は悪かった事以上にあるし、その恩恵も沢山受けてきた。でも同時に、この資質にしんどい思いも沢山してきてるのも事実。

 

ただただ、もうちょっと器用に生きたいだけ。

アイツのこと

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根が元々1人でいるのが好きなのと、子供の時は特に今で言う陰キャだったので、今でも繋がってる地元の友達と言うのが1人しかいない。その1人「アイツ」とは中学1年の入学初日に初めて会って以来の縁になる。ウチの公立中学は4つの小学校の進学先で、入学初日、四分の三の知らない顔に囲まれ、皆お互い緊張牽制し合うあの状況の中で、名前順で席が暫定的に決められた時に初めて話をした。どっちがどういうタイミングで話しかけたのかは忘れたけど、何の話をしたのかはもうはっきりと覚えてる。ファミコンゲームのBGMを口ずさんで、何のゲームの曲か当てっこしてた、その時の瞬間は凄く覚えてる。昔、アイツにその事を覚えてるかと聞いた時、アイツも同じようにその時の情景を語ったから、アイツにとってもそれなりに印象に残ってる出会いだったんだろう。

 

それからアイツとはずいぶん仲良くなり、お互いゲームが好きという事で、ファミコンゲームをやりにお互いの家に行き来して遊んだ。奴には年の離れた兄がいて、その兄もゲーム好きで、あいつ経由で聞く、年上の人がやるゲームのソフトやテクニックの話、その他諸々の情報なんかがとても刺激的だった。ついでに、思春期特有の性の情報なんかも、あいつの兄貴経由でその時随分輸入した。

 

中2となってアイツとは別のクラスになった。俺はその頃から酷いイジメに合いはじめた。アイツは気が付かない、知らないふりをしてくれた。綺麗ごとではなく、あの頃、違うクラスの人間が助けに入るなんて無理な事だったし、仮にアイツ1人が何か割って入ったとしても何も変わらなかったのは間違いない。なら、逆に親友だからこそ、いじめられてるその姿を見られたくは無かった。1年間沈黙して、俺の最低限のプライドは守られた。

 

中3になり、アイツとまた同じクラスになって一緒につるむようになった。中1の頃と比べてゲームの話は減ったけど、その分音楽とか漫画とかの話が増えて、周りの男子と同じような話題が増えた。思春期に入り、俺はさらにアホっぽくなったけど、アイツは大人になってて、ゆっくり確実に、気持ちを込めた濃い事を話すようになった。元々地頭もいい奴なので、そんなアイツとの語らいが楽しくて楽しくてしょうがなかった。この頃にはイジメも嘘のようにピタッと無くなっていたこともあり、暗黒時代だった中2と比べたら真逆の幸せな中3だった。

 

頭の良いアイツだから、塾など行かずとも高校は公立の進学校に行き、俺は馬鹿だから塾に行っていたけど(勉強はしなかったけど)地元の公立の普通の学校に。クラスどころか学校が変わってしまったので、高校時代アイツとは連絡も取らず。あっちも上手い事やってるんだろうと思いながら、あまり気にもしなかった。俺は俺で新たに知り合った友達と馬鹿な事ばかりして、順調に幸せだった。女っ気が無かった以外、楽しい楽しい青春時代だった。

 

その後高校を無事に卒業、一浪後三流大学に滑り込んだ。ダラダラしてた1回生の末辺り、中3の同窓会が開かれ、アイツがきた。待ち合わせ場所の京阪電車香里園駅で再開したアイツは随分大人びていて、更に変わったように見えた。益々落ち着き、話す言葉も内容も濃くなっていた。3次会のカラオケで、店にあったアコースティックギターを上手く弾いてて、えらく眩しかった。以前、たまたまアイツの母に街中でばったり会い、近況を話し合った時に、関西の某国公立大学の理系に進学したと聞いていたので、流石にそこに入るだけの事はあるなという感じだった。

 

その同窓会以来、頻繁に連絡を取り合って、付き合いが復活した。大学の仲間と遊び、それとは別にアイツと遊ぶ。相変わらずアイツと遊ぶと楽しい。でもこの頃から何か違和感も感じ始めていて、アイツの背後に人の気配が無いのが気になった。いつも一人な感じがして、それが凄く気になった。俺を基準にしたらダメなんだろうけど、それでも大学生時代って仲間がそれなりに居て、人生の中で一番仲間や周りの大人にしがらみ無く、もみくちゃにされる時期だと思うんだけど、そういうのが感じられない。俺も仲間と夜中まで遊んで、バイトに明け暮れ、車で走り回り、勉強なんて全くしなかったひど過ぎる学生だったけど、奴はあまりにも真逆すぎてちょっと驚いた。聞くと高校時代から友達らしい友達はいなくて、大学にもいない、バイトも通学の時間の関係で出来ないのでしていないとの事。そんな話を聞いたらおせっかいの虫が騒ぎ出してしまって、俺の大学の友達の輪に強引に放り込んだ。みな快く受け入れてくれ、アイツも楽しそうにしてくれた。一緒に馬鹿な事もやり始めて、卒業旅行では6人でいったけど、唯一アイツだけが学校が違うのに一緒に行った。楽しかった。

 

楽しかった卒業旅行から各々社会人になった。大学で友達が出来なかったそのコミュニケーション能力では、教授との関係もあまりよかったものではなかったらしく、理系学生ではよくある教授のコネでも、良いところは回せてもらえず、自分で見つけた大阪の地元の中小の会社で働いていた。でもアイツから仕事や職場の愚痴なんて聞いたことが無かったし、頑張ってるのが聞かなくてもわかった。働き始めて3年4年と経ち、大学時代の友達とは中々会えなくなった。会えなくなったが、会わなくなったに変わっていっても、アイツとは折に触れて会っていた。会うのはいつも金曜か土曜の深夜で、「深夜の散歩」と称して、夜中車で近所を流しながらしょうもない話をしたり、深夜のゲームセンターで、お互いこの年になってハマったゲームを中1の頃のようにギャーギャー言いながらプレイしてた。その頃、俺は仕事で燃え尽き追い込まれて、徐々に病み始めていった時期で、一番遅くまで会社にいて、尚且つ会社を出てしまうと、翌日また地獄の1日が始まる事が恐ろしくて、帰れなくなるような状態だった。そんな時も、23時半を回っているのに、あいつは車を飛ばして俺を迎えに来てくれ、2時位までやってる深夜のゲーセンに連れ出してくれた。アイツが来てくれることが救いだった。

 

最終的に病んでしまってその会社は辞め、また違う会社で復活をしたが、今度はアイツがやってしまう。ある日あいつの母親から「会社から出社してないと連絡が来た、何処にいるか知らないか?」と来て心底驚いた。アイツは何も言わなかった、言ってくれなかった。いい大人でもあるのだから、そんなに心配しなくてもいいのかもしれないけど、それでも心配で心配で仕方がなくて、地元を探し回った。3日後ひょっこり戻ってきて、アイツの母親からの電話の後、アイツから電話があった。あの大人しく聡明で、自制心の塊のような奴が、泣き腫らした後、声も絶え絶えで「すまなかった」と一言。もう俺も何も言えず、とりあえず休んでくれとしか言えなかった。人間関係が原因だったようだけど、後で聞いてもあまり深くは教えてくれないし、言いたくないのなら無理してまで聞きたくないし、逆に俺だから言えない事もあるんだろう。中2の時の借りを返す意味でも、無理に聞くべきではなかった。

 

それから半年ほど、「深夜の散歩」を毎週末して、たわいもない事を語り合った。変わらず楽しかったけど、この前後で確かにアイツはちょっと変わったと思う。なんとなく、もう「まっとうな人生」を歩めない感を持ち、それはそれで受け入れたような感じを受けた。俺も最初の会社でメンタルをやってから、同じように「まっとうな人生」は歩めないよう思ったけど、だからこそ逆転するためにも、何かやらなきゃ的な反骨神があった。対してアイツは粛々と受け入れるというような感じ。次の仕事もあまりこだわりなく、地元の会社をサラッと決めてきた。俺が「動」ならあいつは「静」というか。でも間違いなく世の中に貢献できる、人として優れているのはアイツのほうだと俺としては思っていたので、なんとか表に出て欲しいという思いをこの時はぶつけていた。今でこそこれは要らぬおせっかいだったと思うけど。

 

2年ほど、そんな感じの日々が続いた後、またあいつの母親から同じ連絡をもらう。前回の事もあり、心配ではあるけど、それでもまたひょっこり帰ってくるとタカを括っていたけど、1週間たっても2週間たっても帰ってこず、とうとう警察に捜索願まで出すことになった。流石に嫌な予感がするもどうすることも出来ない。今の仕事は車で通勤しており、車ごと失踪してる事から、探すといっても見当が付かない。アイツの母親から「どうしよう」と聞かれ、最悪の状態なんて想像したくないけど、それもよぎった。結局三ヶ月後位に、アイツは九州で車中泊中に職務質問をされ発見された。それを聞いて安心したけど、奴から直接何も連絡が無かった。でも多分、俺が同じ立場なら俺も連絡は出来ないと思うので、それに対しては何も思わなかった。

 

一ヶ月ぐらい経ってから、俺の方から「深夜の散歩」に出ないかと声を掛け、アイツも緊張した感じの声で「OK」を出して会った。もうお互い、将棋の後の感想戦の様な感じで、互いの手が決まってて、お互いどう最後の言葉に持って行くかの話。そこはやっぱり長い付き合いなので、なんとなく安心して俺も一手、アイツも一手、そして「割と今回はマジで心配したわ」が王手で、「すまなかった」で投了みたいな感じで終わった。今回も理由は聞いてない、今度は一つ貸しになった。とは言え、おそらく人間関係だったこと、それもどの類の人間関係で折れたのかもなんかわかったので聞かなかったし聞きたくも無かったから、貸しにはならない。

 

そこから暫くして、アイツは俺のパートナーさんがバイトをしているパソコンスクールに紹介され、バイトに行くようになり、緩く社会と繋がる方向に舵を取った。30代の男性ビジネスパーソンだと、どうしても会社の中心的な動きを任されるし、人とコミュニケーションを取るのが苦手なアイツからしたら、このポジションの方が気楽で良かったんだと思う。そのうちパソコンのスキルが認められ、他のバイトも紹介されたりと、なんだかんだ緩くも上手く回り始めてきた。その頃、俺は転職で名古屋に行ったり、家庭は家庭で騒がしくなってきた事もあり、月1位の夜の散歩も絶え気味で、3月に一回とかのペースになっていた。

 

そんな時、アイツの方から電話がかかってきた。アイツからかけてくる事は珍しく、今でもハッキリ覚えてる。嫌な予感がしたので仕事中にも迷わず出ると、母親が事故で急死されたとの事。慌てて仕事を早退し、直ぐに近所の祭儀場に向かった。亡くなられた母親の顔よりも、アイツの顔が見れなかった。それでも当たり前だけどお悔やみの言葉を述べて、通夜に参加した。最後の挨拶の時、親父さん、兄貴、アイツと並んでいて、口を真一文字に結んでいたアイツの顔をまともに見た時、この場から逃げ出したかった。俺以外にアイツの友人らしき人は誰もいなかった。アイツの知り合いでは唯一俺だけがあいつの母親を見送った。

 

アイツはその後、「主夫」になった。親父さんは現役で働いてるし、年の離れた兄貴も勿論そう。母親が亡くなり、皆で主婦業を分担するよりその方がいいだろうと家族会議で決まったと、線香を上げに行った時に聞いた。素直にそれが一番いいんじゃないかなと思ったし、頑張れよと心から伝えた。それが8年前の話で、そこからは深夜の散歩も、三ヶ月に1回が、半年に1回になった。親父さんは朝5時出の生花市場、兄貴はシフト制の工場で時間が不規則な一家の主夫なので、中々深夜の散歩に出てこれなくなった。たまに顔を見たかったけど、でも根回しをしてまでの事でも無く、それが疎遠になったというのならそうなのかもしれない。車で10分、歩いて20分の距離に住んでいるけど、そういうのは関係なく遠くなった。

 

もうこのまま暫く安泰だろうと思ってた4年前、アイツは倒れた。朝、家族のために朝ご飯を作ってる時に脳梗塞で倒れた。幸い家族の目の前だったこともあり、すぐに救急車で病院に担ぎ込まれ、処置を受けたので、障害らしい障害は一切なかった。ただてんかんのリスクがあるという事で、薬が処方され、車は運転出来なくなった。アルコールもダメという事で、もう飲みに行けなくもなった。また遠くなった。

 

昨年の夏以来、連絡を取ったのが今年の6月18日で、「大丈夫だったか?」と聞いて「問題ない」で返されて、「じゃあまたな、何かあれば何時でも言えよ」で、「わかった」で終わった。お互い次の相手のセリフがほぼ予想出来ると思ってるし、今回もそれが正しかった。

 

これからもアイツとの縁は、何方かが死ぬまで続くと信じてる。

住んでるところは近いけど遠い。

でもお互い遠いぐらいがちょうどいいのかなと、この歳になってようやく思えるようになってきた。

 

中学生の時、2人で家でファミコンをしていた時間がそのままずっと延長して続いているような感覚。

 

別にアイツを今更何処かに引っ張り出したいわけじゃないんだけど、これ以上世の中に知らされないままアイツが年を重ねていくのが、なんだか切なく思う。

 

ここを読んだ人だけでも、こんなアイツがいる事を知っておいてもらえたら嬉しく思う。

絶対評価と相対評価

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先日、バイクに乗ってて、「あかん!乗れてない!」と感じる場面があり、鍛え直すために、某国際サーキットにあるバイクスクールに参加してきた。

 

参加者は若い人もいれば俺より年配の方もいて、玉石混交な感じ。こういう時って周りが必要以上に凄く見えるし、かなり打ちのめされるだろうなと、それこそ赤点もらうのを覚悟で参加。

緊張の中、スクールが始まったけど、意外や意外で、周りと比べて結構いい感じで乗ることが出来た。勿論もっと上手い人もいたけど、最初に感じた不安感なんかどっか行ってしまって、「お、俺以外とやるやん!、ヘタじゃないんやな~」と内心にんまり、午前中の前半戦はニッコニコ。

以上、自慢終わり。

 

でも、この後の昼の休息の際、なんか大事な事忘れてる気がして引っ掛かってしまった。休みの日の朝5時起き、遠路はるばる3時間かけ、万単位の金払って、朝から夕方まで、汗だくで講習受ける理由はなんだろうと。

 

自分で自分に満足できる、理想の腕前があって、その理想に近づきたい、昨日よりもその理想に近づいていたいから、わざわざここに来てると思い出した。

 

周りのライダーと比べて街中で一番早く走れようが、サーキットでプロのレーシングライダーに勝てようがそんなの関係ない、何処かの誰かと「比べて」上手くなりたい訳じゃない。「あー、俺って乗れてる~」と、交差点で止まった時、ヘルメットの中の不細工な顔がニカっとほくそ笑む事が出来れば満足。他人と比べて相対的に上手くなりたいんじゃなくて、自分で納得できる、自分の中での絶対的な基準で上手くなりたいと思ってる事を思い出した。

 

それを頭の中で意識しなおせたので、以後はレッスン中、他人と比べる事もやめ、変に余裕を出したり、だらけたりすることも無く、集中して自分の課題に取り組む事が出来て良かった、心地よい疲労と達成感に満たされた。

 

他人と比べて勝つことが優先なのか、自分の自己満足が優先なのか。

 

前者なら、自分では不本意な結果でも、他者に勝てばそれは達成、心は満たされ報われる。

後者なら、他人に勝っても、自己満足出来なければそれは不本意な結果であり、報われない。

前者なら、自分ではやり切った満足な結果でも、他者に負けていれば、心は満たされず、無力感に苛まれる。

後者なら、自分でやり切れていれば満足で、他人に負けても心が満たされ、自己肯定感に溢れる。

 

前者は相対評価を求めてるし、後者は絶対評価を求めてる。

 

何方を求めるのが幸せなんだろう。

 

色々あるけど、特にお金の事と仕事の事。

 

相対評価でお金の事を考えると苦しくなる。俺よりも資産を持ってる、俺よりも給料が高いとか聞くと、あまりいい気がしない。今の資産は確かに不満足、給料も高いとは思わないけど、それでもその比べてる人の分を仮に超える事が出来ても、何か自分の満たされないものが、具体的に満たされるのかと言えば違う。具体的にそうなっても、これが出来る、これが解消される、これが買えるから幸せになれるとかそうじゃない、只数字が大きくなるだけ。今でもある程度欲しいものは手に入れてるし、飲み食いや交際費にもそんなに不自由もしていない。そして相対評価してる以上、仮に目標とする人を超えたら、またその次の上の人に対してコンプレックスを抱いて、勝手に比較するんだと思う。次から次で終わらない、満たされない。

 

仕事に関しては相対評価かと思ったけど、去年あたり色々あって、今の仕事が凄く好きで、自分にも改めて合ってる事がわかったので、手を抜かず、自分の理想通りにやりたいと思えてきた。営業職なので、一番分かり易い「数字」と言う、これ以上相対的に評価するのに適している世界は無いところにいるので、他者との勝ち負けからは逃げられない。でも、自分にとって1円でもライバルに勝てばそれで満足かといえば違う。競争し、高め合うのは最低限の話で、その中でどれだけ自分でポテンシャルを出し切り自己満足出来るか。また、どうしても運の要素がある職種でもあるので、仮にダメな時でも、絶対評価の軸を持っていれば、自己肯定を必要以上に傷つけられるような事にはならないだろうし、改善策を考えるモチベーションや、今を凌ぎ、時期を待つような心の強かさも自然と得られるはず。

 

勿論、単純に絶対評価相対評価で簡単に割り切れない事も多いし、割合も0か100かでもないだろう。全て絶対評価でいくのも難しいのはわかってる。苦手な事だからこそ、相対評価で済ませた方が無難な事もあるだろうし、時には絶対評価で追い求めるから、苦労が何時まで経っても終わらなかったりして苦しむこともある。また、途中で評価の軸が変わる事もあるかもしれないので、都度振り返りできるよう、自分のアンテナの感度もよくしておく必要もある。

 

自分とよく対話をして、どちらが自分にとってより幸せに進むのか、自分でちゃんと意識して、絶対評価軸なのか相対評価軸なのか、ちゃんと捉えて取り組めるかどうか。

 

ただまんべんなく、流れでだらんと物事に当たるより、その辺を意識していきたいと思う。