書くことは娯楽

内省持ち。何時も何か考えてます。会話でなく対話が好き、何時も誰かと対話していたい。内省と対話の結果、自分の中で出来た何かを言語化して残します。プロサラリーマン、プロ営業。バイクとビール好き。

叶わない事に対する向き合い方

叶わないと分かっていること対して、普通は戦おうとはしない。できるだけ避けようとするし、実際避ける。仕事も含めて、しがらみや付き合いでどうしても避けられなければ、適当に手を抜いて誤魔化す。ただ、叶わないにも色々ある。諦めてないとは言えない、でも諦めたと腹落ちも出来ない、そういった時にどうするべきか。

 

そんな時は避けずに留まる。予定調和の「叶わなかった」を受け入れやすくするため、手を抜かず、全力を尽くす。とは言え、そうすることで、何かの希望を乗せる訳でもないし、結果が変わるなんて期待もしてない。全力でやってもダメだともわかってる。ただただ、「やったけど、叶いませんでしたね」を綺麗に受け入れるために、避けずに留まり、手を抜かず、全力を尽くしている。

叶わないという結果は同じでも、ほんのわずかの可能性にかけて進むのと、最初から、叶わないを受け入れるために進むは、随分違う。美学やポリシーなんてカッコいいものでも無く、手を抜かず全力でやり切ったということを、自分を慰める材料にしたい。自分事だからこそ、我が身可愛さだからこそ、避けずに留まり、最後まで手を抜かず全力でやり切る。

そうすることで、叶わなかったことをそのままバッサリ切るのではなく、受け入れ、なにか自分の血肉になってると思える。そんな経験でも自分の中に取り入れ、後の自分をつくっていると信じることができる。

 

叶わなかった結果を一つの通過点としてスパッと忘れるのもいいし、避けず留まる事に、虚しさを感じることがないかと自問もするけど、こういう生き方の方が自分に合っている。