書くことは娯楽

内省持ち。何時も何か考えてます。会話でなく対話が好き、何時も誰かと対話していたい。内省と対話の結果、自分の中で出来た何かを言語化して残します。プロサラリーマン、プロ営業。バイクとビール好き。

遠足のまとめ(個人忘備録)

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延べ200人程度の参加者になった、某「大人の遠足」を手伝わせてもらって感じた事のまとめ。あんなデカいイベントを回す中の人の1人になるなんて思わなんだ。

 

1、やってみたら意外と何とかなる事

これは色んな人からも直接言われたし、一般論でも言われてる事で確かにそうだった。各パートの接続とか、どうにもその時の運頼みに近い事が見事にスルッとうまく回った。でもそれは運では無くて、そうなるように全体で既にまとめ上げてたというか、落ち着くところに自然に着地していたような気がする。今回はなかったけど、仮に想定外の事が起きても上手くまとまってたと思う。勿論そこに至るにはそれ相応の努力は必要で、天候と公共機関の交通事情なんかは無理だけど、ある程度考え着く障害を調べて取り除き、取り除くのが無理なら対処法をちゃんと考えておく事は最低限のお約束。この「ある程度」が人によってバラバラだから、見通しが甘くグデグデのイベントになったり、反対に必要以上に考え込んだり、事前準備に時間を掛け過ぎたりというのはあると思う。実際この「ある程度」を今回かなり頑張った。自分の性格上「収集心」と「内省」が強かったので、苦労なくその辺の情報収集と検討を頭の中で詰める事が出来きつつも、反面ありそうもない事まで想定して遠回りをしてしまった感もある。今後は力を入れるところ、抜くところを見極める力を持ちたい。ただこればっかりは経験とほんの少しセンスも必要かもしれない。

 

2、人は見てくれてる事

これもよく言われるけど、所詮それはたまたまの運の要素も凄く大きいだろうし、気が付かれない方が逆にカッコええやろなんて思ってもいたけど、そりゃ気が付いてくれた方がいいに決まってる。今回のイベントも参加してる自分や、仲間を含めたみんなに充てたモノだったけど、やっぱりそのど真ん中を想定したのはこの輪の主役の人だったし、その人にに何度も名前を直接呼んでもらえたり、乾杯の音頭やMVPをもらえたのはとても嬉しかった。それを見て居た人が「見てる人は見てますね~」と言ってくれて、自分でも「見られてる」という事に初めて意識が向いた。見てもらいたい人に「見てくれ!」って言うのは粋じゃないけど、全体を見つつ、それでも中心で見てもらいたい人を想定して、その人に届いたらいいなと考えるぐらいは必要なのかなと思う。ターゲティングであり、多分参加者全員、万人に向けてやると刺さらないし、誰も見てくれないのかもしれない。個性を出すと言えばオーバーだけど、ちょっと凸凹したイベントの方が、印象に残るし皆楽しい筈。

 

3、参加者のためであるけれど、同時に自己満足である事

偶然上手くいく事もあるだろうし、少ない労力で想定以上の盛況が得られる事があるかもしれないけど、それでも達成感を得るにはハードルが高くて、努力がそれ相応に必要な方がいい。7割ぐらいは出来るだろうけど、後の3割は未知数でわからないぐらいがおそらく丁度いい。ちょっと手が届かないけど、背伸びしてぎりぎり足らない、それをどう補うかという事に楽しさがある。自分達がどれだけ手暇と時間を掛けても、モノによってはそれは一瞬で過ぎてしまうし、参加者が気が付かない事も多い。結局イベントも主催者側からしたら自己満足に過ぎなくて、大変な手暇と時間を掛けたモノが上手くいき、皆に喜んでもらえた時が一番報われる。ただ単に散歩してるだけなのに、なぜその時間、その場所を散歩してるのか、その裏には多くの考えや意見のぶつかりがあって、それを乗り越えてそこに来ているなんて、気が付けと言う方が無理。自分だって今まで数多くのプロアマ問わずのイベントに参加してきたけど、よく出来てた、上手に運用されてたなと思うイベントなんかはそういうのが無数にあるんだと思う。

 

結局上手くいったからと言うのもあるんだろうけど、割とこういうことをするのが本当は好きなのかもしれない。高校の文化祭で、出し物が上手くいった時、女子が泣いてた気持ちが今ではわかる気がする。

 

いい経験させて頂きました。